解説

「能動的サイバー防御」で自分の通信は見られる? 10月1日に始まったことと、2027年秋に始まること

10月1日に運用が始まった能動的サイバー防御。今日から始まったのは攻撃に使われているサーバーや機器の「無害化」と官民連携で、政府が通信を分析する仕組みは2027年秋から。「国内同士の通信は対象外」の意味と、個人が当事者になりやすい場面を法律の条文から整理する。

政府は10月1日、「能動的サイバー防御」の運用を始めた。国や重要インフラへの重大なサイバー攻撃を防ぐため、警察や自衛隊がネットワーク越しに攻撃に使われているサーバーや機器へアクセスし、不正なプログラムを消すなどの「無害化」ができるようになった。

このニュースを見て、自分のメールやネットのやり取りが政府に見られるようになったのでは、と気になった人もいると思う。この記事では、10月1日に実際に何が始まったのか、通信の扱いはどう決まっているのか、そして個人にとってどんな場面で関係してくるのかを、法律の条文と政府の説明資料から整理する。

先に結論

10月1日に始まったのは、攻撃に使われているサーバーや機器の「アクセス・無害化」と、重要インフラ事業者との「官民連携」の2つだ。政府が通信の情報を取得して分析する「通信情報の利用」は2027年秋の施行で、10月1日の時点ではまだ始まっていない。

2027年秋以降も、法律の設計では、国内どうしの通信は対象外になる。メールの本文・件名や添付ファイルのような「意思疎通の本質的な内容」は、分析のために残す「機械的情報」には含まれず、自動選別で条件に合わない情報は直ちに消去される。

ただし、「国内どうしは対象外」は「日本にいれば自分の通信は関係ない」という意味ではない。国内か国外かはIPアドレスで判断するので、海外にあるサーバーとのやり取りは対象の範囲に入りうる。

10月1日から始まった仕組みのうち、個人が当事者になりやすいのは、通信の分析よりむしろ無害化のほうだ。自宅のルーターや防犯カメラが乗っ取られ、攻撃の踏み台にされていた場合、その機器が無害化の対象になることがあり得る。

何が起きた?

能動的サイバー防御は、2025年5月に成立した「サイバー対処能力強化法」と、その整備法に基づく仕組みだ。柱は3つあり、施行の時期が分かれている。

柱 中身 施行
官民連携の強化 電力・通信・金融など15分野・258の基幹インフラ事業者に、機器の届け出とサイバー攻撃の報告を義務づける。情報共有の協議会を新設 2026年10月1日
アクセス・無害化 警察や自衛隊が、攻撃に使われているサーバーなどに遠隔でアクセスし、攻撃用のプログラムを停止・削除する 2026年10月1日
通信情報の利用 政府が国外とつながる通信の情報を取得し、攻撃に使われているサーバーを見つける 2027年秋

これまで国がとれる手段は、注意喚起、攻撃に使われたサーバーを止めてもらう「テイクダウン」、攻撃者を名指しで公表することなどだった。無害化はそこに加わる新しい手段になる。

10月1日から始まった「無害化」とは

国会で政府が説明したイメージでは、無害化は次の2段階で進む。まず攻撃に使われているサーバーに遠隔でログインし、入っているプログラムを確認する。次に、攻撃用のプログラムを停止・削除したり、攻撃者がそのサーバーに入れないよう設定を変えたりする。

実施するのは主に警察で、警察庁長官が指名した「サイバー危害防止措置執行官」が担当する。条件と手続きは警察官職務執行法に書かれている。

  • そのまま放置すれば人の生命・身体・財産に重大な危害が出るおそれがあり、緊急の必要があること
  • 原則として、独立機関の「サイバー通信情報監理委員会」から事前に承認を得ること
  • 承認を待つ余裕がない特段の事情がある場合は、実施後すぐに委員会へ通知する。委員会は内容を確認し、必要なら勧告する
  • 対象のサーバーが国内にあると判断できない場合は、警察庁の執行官だけが実施でき、事前に外務大臣と協議する

自衛隊が無害化を行えるのは、もっと限られた場面だ。国の機関や基幹インフラなどの重要なシステムに対して、国外の者による「特に高度に組織的かつ計画的な」攻撃があり、自衛隊の特別な技術が不可欠な場合などに限られる。国家を背景にした攻撃を想定した要件だ。

自分の機器が無害化されることはある?

あり得る。ニュースでは「攻撃元サーバー」と書かれることが多いが、攻撃者は乗っ取った機器を何段も経由して攻撃するのが普通だ。防衛研究所の解説も、ボットに感染したIoT機器などのIPアドレスを特定してアクセスする手順を想定している。国家安全保障会議が2025年12月に決めた運用指針でも、国内にある機器への無害化があり得ると明記している。

攻撃に使われた機器の例として、防衛研究所の解説は、米FBIが対処したボットネットを挙げている。何年も前に製造され、メーカーのサポートが終わった家庭・小規模オフィス向けのルーターが乗っ取られ、身元を隠すために使われていた。

法律の上では、警察は機器の「管理者」に措置をとるよう命じるか、自分で措置をとることができる。家庭のルーターなら、管理者は持ち主になる。

警察が自分で措置をとった場合は、遅滞なく管理者に通知することになっている。ただし、通知すると危害の防止に支障がある場合と、管理者の所在が分からない場合は、通知しなくてよいとされている。

無害化で持ち主に損失が出た場合の扱いは、法律には具体的に書かれていない。国会では担当大臣が、損失の申し出があれば本当に無害化が原因かを確認したうえで、個別の状況に応じて政府として対応を判断する、と答弁している。

2027年秋からの「通信情報の利用」は何を見るのか

ここからは、まだ始まっていない3本目の柱の話だ。条文と政府資料から、取得の範囲と扱い方を整理する。

対象は「国外とつながる通信」

法律は通信を、送り手と受け手の場所で分けている。対象は国外が関わる3種類で、国内で閉じた「内内通信」は対象外とされた。

種類 中身 対象か
外外通信 国外から国外へ、日本を経由する通信 対象
外内通信 国外から国内へ 対象
内外通信 国内から国外へ 対象
内内通信 国内から国内へ 対象外

国内か国外かは、条文上「アイ・ピー・アドレスその他の電気通信設備を識別する符号から判断して」決める。日本にいる人が海外のサーバーにあるサービスとやり取りすれば、それは内外・外内通信に当たる。「国内どうしは対象外」と聞いて、日本にいる自分の通信はすべて外れると考えるのは正確ではない。

ただし、外内・内外通信を取得できるのは、攻撃に使われている疑いのある特定の国外の設備とのやり取りなどを分析しなければ被害を防ぐのが著しく難しく、ほかの方法では分析が著しく難しい場合だ。さらに、サイバー通信情報監理委員会の承認が必要になる。

見るのは「機械的情報」だけ

取得した通信は、まず人が中身を知ることのない自動的な方法で選別される。残るのは「機械的情報」のうち、調べるべき攻撃に関係があると認められるものだけで、それ以外は直ちに消去される。

政府資料は機械的情報を「アイ・ピー・アドレス、指令情報等の意思疎通の本質的な内容ではない情報」と定義している。参議院の調査資料が挙げている例を、この定義に沿って分けると次のようになる。

機械的情報に含まれる 意思疎通の本質的な内容(機械的情報に含まれない)
IPアドレス、送受信の日時、通信量 メールの本文・件名
コマンド(指令情報)、ソフトウェアの種類 添付ファイル
個人を識別できないように加工したメールアドレス Webサイトの文章・画像

法律は、自動選別をする場合を除いて、選別前の通信情報を政府が自分で利用したり他に提供したりすることを禁じている。選別後の情報も、分析への協力を求める場合や、無害化を行う機関に渡す場合などを除き、提供してはならない。

「人が見ない」と言える範囲

報道や解説では「人が通信の中身を見ない」と要約されることが多い。条文に沿って言い直すと、次のようになる。

  • 対象の回線を流れる通信は、いったん複製されて政府の設備に送られる。何も取得されないわけではない
  • 複製された通信から何を残すかは、人が中身を知ることのない自動的な方法で決める。メール本文のような意思疎通の本質的な内容は、残す対象の機械的情報に含まれない
  • 自動選別で残った機械的情報(IPアドレスやコマンドなど)は、人が分析する

つまり制度が約束しているのは、メール本文のような「意思疎通の本質的な内容」を人が読まない仕組みであって、通信がまったく取得されないことではない。

誰が歯止めをかけるのか

通信情報の取得と無害化の両方を審査するのが、サイバー通信情報監理委員会だ。2026年4月に設置された独立性の高い委員会で、委員は両議院の同意を得て内閣総理大臣が任命する。

委員会は、通信情報を取得する前の承認、取得後の扱いの検査、無害化の事前承認と事後の確認を担う。国会では、事後通知が当たり前になるのではという懸念も出た。これに対して当時の石破首相は、委員会の承認は迅速に行われる想定で、事後通知が常態化することはないと答弁している。

現時点で分からないこと

  • 無害化を実際に何件行ったか、どこまで公表されるか。政府は国会で、措置の詳細を明らかにすると潜在的な攻撃者に手の内を明かすことにつながる、と答弁している
  • 国内の機器を無害化したとき、持ち主への通知を具体的にどう行うか。条文は国家公安委員会規則で定めるとしている
  • 自動選別の基準の中身。基準は委員会の承認を受ける際に定めるが、どこまで公開されるかは分からない
  • 「通信情報の利用」が2027年秋の何月何日に始まるか

で、個人は何をすればいい?

10月1日時点で、「政府にメールを読まれないため」に何か設定を変える必要はない。通信情報の利用はまだ始まっていない。2027年秋以降も、国内どうしの通信は対象外で、メール本文のような意思疎通の本質的な内容を人が読む制度としては設計されていない。

むしろ10月1日から関係し得るのは、自分の機器が攻撃の踏み台になるほうだ。ルーターやネットワークカメラのファームウェア更新、初期パスワードの変更、サポートが終わった機器の交換は、これまでどおりやっておく。自分の機器が踏み台になっていなければ、無害化の対象にもならない。

「能動的サイバー防御が始まった」は、「10月1日から政府が個人の通信を監視するようになった」という意味ではない。無害化は10月1日に始まり、通信情報の利用は2027年秋から始まる。今回のニュースは、この2つを分けて見ると読み違えずに済む。


出典

一次情報

調査資料・解説

報道

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